2006年08月16日

『博士の愛した数式』小川洋子著

映画にもなったこの本。

主には事故によって90分しか記憶が保持できない
数学の博士、ヘルパーとして博士と会った語り手の女性、
そしてその女性の子供の3人が一緒に過ごした時間を
描いている心温まるお話。

博士が数をこよなく愛し、なにかにつけて
その数字、数式の美しさを語る姿を想像すると
なんだか人生がとても鮮やかに思えてくる。
数学が苦手だった私は「数」と聞くと
冷たく白黒はっきりしたものだったけれども
この本を読んだ後、ちょっとだけ「数」が好きになった。

そして90分しか記憶が維持できない博士の
現実と向き合う瞬間を読む度に悲しくなり
また、そんな状況でも数式を愛し、子供を愛し
江夏のいる野球を愛し、人に優しい博士に対し
人としての生き方、日々の幸せの大切さを学んだ。

「涙を流して感動するお話」と言った感じで
書かれている本だけれど
涙を流すというよりも心に染み渡る
人と人との交わり、絆などを感じて
体の中が洗われた気分になる作品だったと思う。

hakase.jpg
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2006年07月30日

「九月の四分の一」 大崎善生著

「新潮文庫の100冊」キャンペーンのパンダが欲しくて
向田邦子の「思い出トランプ」とともに手にしたのが
「九月の四分の一」という大崎善生の作品。

この本は男性の「僕」の視点からの短編が4つ、詰まっている。

どの作品もある程度の歳になった「僕」が
現在の心情を過去にさかのぼりながら話してくれる。
その全て…先日読んだ「アジアンタムブルー」同様
何かしらの哀愁を感じざるを得ない。

これを解説で説いている石田衣良は「オオサキブルー」と称している。

まだ2冊、話としては5作品しか読んでいないが
確かにそこには必ず「オオサキブルー」がある。
それは悲しくもあるが心がどこか暖まる気持ち。

それを特に感じたのは、この本の中の1篇。
「ケンジントンにささげる花束」。

42歳になって10年間続けていた将棋雑誌の
編集長をいう座を自ら退いた男。
イギリスの老女から退職2週間前にもらった手紙。
それによって彼の中で確実なる変化があり
そして彼はその手紙をくれた老女に会うため
8年間一緒の彼女に誤解をされたままイギリスへと旅立つ。

この中で書かれている「彼」は会った事のない
戦争に翻弄され、そして日本を捨てた吉田宗八と
イギリス人の妻、ジェーン・ブラックストックの恋。

その話はやはり女性に好かれるであろう
ドラマスティックかつ情熱的な憧れの恋。

そんなところにももちろん惹かれたが
一番私が心に響いたのは、
自分が昔から歴史に対して、
時間の流れの中で感じていた「何か」が
この作品の中で書かれていた。

 僕たちはきっとただ知識として、冥王星の存在を
 知っているに過ぎない。それを見たこともないし、
 またおそらくはこの先も目で見ることはないのだろう。
 それを本当の存在と呼べるのだろうか。
 
 しかし、と僕は思う。

 自分にとって存在しなかったはずの吉田宗八は、
 しかし確実に存在し、今僕の心の中でいまだかつて
 なかったような小さくはあるが明るい光を放っている。
 存在の不確かさの早朝のようなあの星と同じように、
 見ることも会うこともできなかったけれど、
 少なくとも僕のこの十年間という存在意義を証明し、
 今は大きな勇気を与えてくれている。僕の心のどこかを
 周回する小さく寡黙な星となって。
              「九月の四分の一」(P103)
              ”ケンジントンに捧げる花束“

「オオサキブルー」はやはりどこか心をほっとさせてくれる。
そんな気がしてならない。

九月.jpg
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2006年07月27日

『思い出トランプ』 向田邦子著

向田邦子という人はなんて洞察力が優れているんだろう。
そしてスパイスとしての想像力と表現力。
こんなに素晴らしい書き手が早くに亡くなられた事が
本当に無念に思われる。悲しき事だ。
彼女が生きていたら今の文学の流れは確かに違っていただろう。

出版社に勤める従兄弟と向田邦子の話をしていた時
彼は向田邦子が置く文章の
リズムがいいと話をしてくれた事がある。

その事を感じたのが『思い出トランプ』である。

彼女の短編が13作品つまっているこの本は
時間の流れでいったら数分だったり半日だったり
そんなに長くはない時間の間に起こった現実と
語り手の考えや想いなどが交差している話が詰まっている。

日常のほんの一時を大きく切り開き語られる話は
そんなに特別なわけでもない人の話。
きっと誰かしら経験している時間を描く。

私はこの13作品のなかで「かわうそ」と
「はめ殺し窓」が好きである。

語り手はどちらも中年の男性。
妻に対して、母親に対して、娘に対して
感じていることなどが語られる。

例えば「かわうそ」の語り手の妻は
かわうそのように体が止まっていても
目はきょろきょろしている。
そんな彼女は押売りが来る度に
夫の職業をその押売りの持ってくるものにし
うそをついて交わすような女性である。

「はめ殺し窓」では語り手の母親と
その母親に似てしまった自分の娘。
それと母親とは正反対の自分の妻。
仕事の忙しさからはずされてしまった男性が
その3人の女性に対するそれぞれの想いや不信感と
自分の中の気持ちとを悟りながら話は進む。

彼らの心情の描き方があまりに絶妙すぎて
ついつい感情移入してしまう。
そんな時の中年男性の心情がなんとなく想像でき
妙な侘しさを感じ、そうすることが楽しいのだ。

そして人生を、自分の周りの人達を
ちょっと違った目でみれるような気がしてくる。

またこの13作品はどれを読んでも
短さとは比べられないほどの満足感を
得ることが出来る作品ばかりである。

彼女の作品は一体現代文学なのか純文学なのか。

まぁ、結局のところ、どちらでもいいのだ。

彼女の作品を読んで心が動かされる。
そんな作品たちは文学として最高のものであり
カテゴリーなんぞ不似合いだとも思う。

そして彼女の文学を一度目にしてしまうと
もう1冊、もう1冊と次々手にしたくなってしまう。
これぞ邦子マジック。いや、文学のマジック。

さて、今夜も本屋に寄ることにしよう。

思い出トランプ.bmp
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2006年07月06日

『アジアンタムブルー』 大崎善生著

誰かが薦めてくれた場合の時以外に
現代文学を読むことはあまり多くない私。

そんな私が手にしたのは『アジアンタムブルー』。
何故手にしたのか。それは表紙の写真が気に入ったから。
ジャケ写買いしたCDと同じ感覚。

申し訳ないが著者の名前を拝見したのは初めて。
いや。正確に言えば気にしたのは初。
大崎善生著。吉川英治文学新人賞を受賞した
『パイロットフィッシュ』の写真も魅力的だ。

最近何冊か現代文学を読んでいるが
どれも共通して感じるのは
描き方がいたってシンプルなこと。
いい意味でも悪い意味でも簡潔に語る。

私の好んで読んでいる川端康成や池波正太郎
司馬遼太郎などは「生々しい」表現が多い。
そこから広がるイメージは留まることを知らない。
だから私はいつも彼らの本を選ぶ。

きっと今の人達には回りくどい表現よりも
わかりやすいシンプルな表現が好まれるのだろう。
自分好みの「生々しい」表現もいいが
シンプルな表現もそれはそれでいい。

この本の中に2つほど私の心に共鳴した言葉があった。

  “宇宙が無限である意味はただひとつ。
  膨張をし続けているということに他ならない。
  概念には定義というものが必要で、
  そしてその定義は要するに自分が気に入ったり、
  ある程度納得できれば何でもいいんだということがわかりました。”
          (『アジアンタムブルー』P.43-44)

たまに「宇宙の先は何があるんだろう」だなんて思うことがある。
どんどん疑問が疑問を呼び、頭が混乱する。
この本の中の主人公も同じような思考に苦しんでいた時
新聞のコラムで見つけたのが上記の言葉。
確かに「何でもいい」のだ。自分で納得していれば。

そして主人公と、死を目前にしている恋人が
ニースにて出会った宿の貴婦人が
8年前に亡くなった彼女のご主人のことを話しているときの言葉。

  “「そう、まだそうやって、色々な形で
  生きている人間に影響を与えているのよ。
  だから、彼はまだまだ完全に消えたわけではない。”
          (『アジアンタムブルー』P.302)

これは私に勇気をくれた言葉だった。

私は昔から何故か死を想像してしまう。
しなくていいのにしてしまい
ひとり悲しくなっているという馬鹿げた事を繰り返している。

自分が去るよりも自分の愛する人達が
私をおいて去ってしまうことが辛くて
想像しただけで泣いてしまう。

でもこうもズバッと「完全に消えたわけではない」と言われると
納得してしまう。まさに「自分が気に入った」定義だから。

「死」はいつも私達の周りを回りまわっている。
この「死」と向き合うためにも私は毎日を一生懸命生きたい。
そして大切な人達と笑顔で気持ちよく過ごせたらと思う。

たとえ明日この命が息絶えたとしても
もし大事な何かを失ってしまったとしても
主人公の恋人のように「今が一番幸せ」と言いたい。
そして大切な人達もそう思ってくれるよう
出来るだけの愛と優しさと笑顔で接したいと思う。

明日、ひとりで暮らしている祖母の家に電話をするとしよう。

アジアンタムブルー.jpg
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2006年07月05日

『美しい日本の私 その序説』 川端康成著

『美しい日本の私 その序説』 川端康成著

川端康成は私の好きな作家の1人。
「山の音」を読んだ時のあの心に染み入る
切なさや暖かさは今も忘れない。

そんな川端氏がノーベル文学賞受賞記念講演での
言葉が綴られたものである。
ページ数は30ページほど。
その後は英訳されたものが記載されている。
英題は"JAPAN THE BEAUTIFUL AND MYSELF"。

 "春は花夏ほととぎす秋は月
  冬雪さえて冷しかりけり" (道元禅師)

日本の四季の美しさ、独特の感覚など
美しい日本を伝えている。

川端氏の文章はやはり好きである。
だけど道元など昔の方々の歌が組み込まれていて
その歌を理解するのに、まだ私には全てが足りない。
知識に経験も勿論そうだが、研ぎ澄まされた感覚が不足だ。
川端氏が追って解説してくれているが
私は私の文章として頭に入れたいし
しっかりと自分の中に入れて消化したい。

だからきっと何度もこの本を読みかえすことになるだろう。

もしかしたら本来、本というものはそういうものなのかもしれない。
高校時代に読んだ『ソフィーの世界』でも
「この本は読むたびに何か異なることが見える」というような事が
書かれていたような記憶がある。

芸術や音楽など時が経つのと平行して
自分の中で共感できるもの、好みは変わっていく。
きっとそれと同じことなのだろう。

足元に流れる時という名の流れは止まらない。
そして流れの間に得たものはどんどん蓄積されていく。
だから同じ本でも読んだ時期、年齢、様々な要素によって
感想も見方も変わっていくのだ。

さて、次にこの本を開く時の私は
一体何を自分自身に蓄積していて
どのように感じ、理解するのだろうか。

それを楽しみに今はこの本を棚にしまおうと思う。

美しい日本の私.jpg
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2006年06月23日

『むかしの味』 池波正太郎著

先日読んだのは、池波正太郎氏の『むかしの味』。

池波さんの表現力って想像しやすい。
だから読んでいて口の中まで
(想像のだが)味がしてくる。

銀座の「資生堂パーラー」に日本橋の「たいめいけん」。
「煉瓦亭」など今でも有名なお店から
長野の中華や横浜のバーなどを
たくさんのエピソードと交えて語ってくれる。

まるで祖父から話を聞いている気分だ。

いつか私もこの本に書いてあるお店を
食べ歩きたいと考えている。
そうすることによって池波ワールドに触れ
自分がその世界の、池波ワールドの歴史に
交わるかのような錯覚に陥りたいのだ。

さぁ、まずは蕎麦好きの伯父を連れて
長野の蕎麦でも食べに行くかな。

むかしの味.jpg
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2006年06月19日

『沖縄の神と食の文化』 赤嶺政信著

最近すっかり沖縄づいています。

久高島の本に続き読んだのは
『沖縄の神と食の文化』です。

う〜ん。これはタイトルと内容が
あまり合っていない気がする。

久高島の濃い内容の本を読んでしまった後だったからか
とても軽く沖縄の歴史を語った本という印象。
先にこちらを読んで沖縄の全体像を
頭の中に入れるのでもよかったのかな。

何はともあれためにはなったけど
本を読んだ後の充実感はいまひとつ。
でも読んで損はないでしょう。うん。

沖縄.jpg
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『生協の白石さん』

一応現代社会にもついていこうと(?)
手にした本は『生協の白石さん』。

一時期壮絶な人気だった書籍。今頃手にしました。

何故急に手にしたかというと
会社のメルマガを書く担当になったのはいいものの
人の気持ちを掴む術を知らない!

そう思ったときに相方が何気なく
「真鍋かをりのブログや生協の白石さんを
読んでみるほうがいいんじゃない?」と
言ったのを真に受けて購入。

読んでみたら「ほほ〜ぉ」とか「へえ〜」の連続。
ちょっとした笑いを提供してくれるコメントに
癒しを感じつつ、なんだか心に残りました。
(しばし父を思い出す。なんかコメントが似ている。)

多分ちょっとした一言で気持ちが軽くなる。
そんな時のコメントに似ているのかもしれません。

自分には白石さんみたいなコメントは書けないけれど
誰かの心をぐっとつかめるような
そんなコメント(いや。メルマガか。)を
書けるようになれればな…
なんて大胆不敵な欲望を胸に
今日も一生懸命生きてみます。

白石さん.jpg
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2006年06月16日

『武士(おとこ)の紋章』 池波正太郎著

そういえば、先日読んだ本。

池波正太郎著の『武士(おとこ)の紋章 』。

己の「生き方」を貫いた8人の男性達の物語を描いた作品。

池波正太郎の愛情がとても感じられ
武士、力士、博士…地位は違うけれども
8人それぞれが魅力的に書かれている。

そう。武士ではないけれども
いわゆる「武士」らしく「志を貫く」姿が
もの凄く私を惹きつけた。

堀部安兵衛の話は本書以降に
彼の人生を綴った池波作品を読んでいたのでさておき、
やはりそれが天下を取ろうとしている人間であれ
穏やかに生きているようにも見える力士であれ
自分の信じた道を進む姿はまさにおとこの紋章。

私は幸か不幸か女に生まれてきたが
生まれたからには彼らのような人達を
サポートできるような人間になりたい。

そしてやはり自分も自分が信じた道を
他の人を蹴落とすわけでも、
また傷つけるわけでもなく突き進んでいければ…
そんな風に改めて心に思った。

目指すはなんかのドラマでよく聴いた
「古きよき時代の日本人女性」かな。

池波_武士の紋章.jpg
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2006年06月14日

『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』比嘉康雄著

久しぶりに小説以外の本を読んだ。

『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』
比嘉康雄著 (集英社新書)

漫画『夜叉-YASHA-』(吉田秋生著)で出てくる
奥神島のモデルとなった久高島の姿を描いている本。
なかなか興味深い話ばかりが詰まっていた。

この島はノロという巫女のような存在がいて
そして女性達が島や男性を守る神のような存在。
男尊女卑が浸透してきた日本の中では
非常に貴重な考え方だと思っていた。

しかしこの本を読んでいくと、それが「貴重」だとか
そういった類のものでない事を感じる事が出来る。

昔、久高島はさんご礁の合間にいる魚や貝などを
捕って自給自足の生活だったのだが
そういった力を使わない作業は女性の方が得意。
だから男性の力に頼る事ない世界だったのだろう。
女性が男性を守る(生活を支える)のが久高島スタイル。
必然的に女性が尊ばれる事になったのだろう。

また子供は女性の体から生れてくる。
尊い命が女性から授かる事も
女性を敬う事の理由のひとつのようだ。

なるほど。

思わず膝をポンッと叩いてしまうのであった。

女性は子供を産むための道具ではないのだが
幸か不幸か女性しか子供を産めないのも事実。
この島での「豊かさ」はお金ではなく
「子孫繁栄」という意味で子供の数。
少子化の話しをしている現在に
声を大に叫びたくなる精神である。

沢山あるエピソードの中でもうひとつ
なるほどと思えたのは
何かあると「便所の神様」に祈るという事。

排泄がきちんとできていると健康だというのが
医学とかそういう以前に体でわかっている。
人間の素晴らしい頭脳に気づく一瞬だ。

非科学的な事柄も沢山のっているが
やはり私は「非科学的」要素なんて
この世に溢れてまくっていると思っている。

久高島の砂でも石でも植物でも
島外に持ち出せない。
なぜならそれはそこにあるべきだから。
島から何か持ち出した人が
調子悪くなったかでそのものを
島まで返しに来た、など逸話もある。

この本を読んだら更に久高島に惹かれた。
絶対にいつか行ってみせる。そう心に誓った。

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2006年02月07日

『ヤクザに学ぶ組織論』

『ヤクザに学ぶ組織論』山平重樹著

詠んじゃいましたよ。組織論。

もともとヤクザが好きとは言わないけれど
あの義理人情とか主君の為に命を惜しまない、
そういう姿には昔から惚れ惚れしていました。

自分もそういう生き方をしたいって
幼心に思った記憶もあるくらい。

暴力とかそういうのではなくて
例えば親だったり兄弟、愛犬、親友など
自分の大切な人達を守るためならば
いつでも私は盾になりたいし
なるつもりだし、平和主義の私だけど
攻撃だってすると思う。

親の言った事に「白を黒という」、というのは
出来ないと思うけれども
やっぱり自分の惚れ込んだ人達や
大切な人達の為ならばなんだってやる。
人としての道からはずれない限りは
出来る限りの事をしたいと思う。

そういう魂をヤクザの人達から感じてしまうのかも。

そして私の好きな幕末時代の新撰組をはじめ
誠を貫いた人達の生き方とリンクする。
そこで更にヤクザに対して感動してしまう。

近所の『ヤクザ』をされている方も
きっとこういう人なのかな、と思っちゃうね。
それに、今多分7代目総長とかそんなんだけど
今でも私の中ではパジャマのおじさんだし(笑)。
家族の皆さん含めて、素敵な人だし。

名立たるヤクザの方々みたいな「カリスマ性」のある人が
もっと世に出ていたら、自分もそうなりたい!とかで
ニートが減ったりとかしないのかなぁ。
決して金儲けだけでなく、人と人とのつながりを大切にする
そして先見の目がある信頼できる人。
そんな人が傍にいたら、
それだけで本来の自分の持つ力以上の
力をだせそうな黄がするんだよね。

はっ。ここで惚れ込みすぎちゃいけない。いけない。
本の中だけに留めておきます…。

組織論.jpg
posted by nisse at 23:57| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

『あ・うん』

最近全然本を読んでいなかった気がする。
新聞や雑誌で活字を目にはしていたけど
読書たるものをしていなかった。

ふっと読みたくなって手にしたのは
前に購入しておいて存在を忘れていた
向田邦子著の『あ・うん』である。

往復の電車とプラスαで読み終えた。

さすが名作。勝手に先へ先へと進んでしまう。
しかも読むシーン全てが
鮮明にイメージが頭の中に浮かぶ。

しかも門倉、水田、たみの3人が繰り広げる
一種の恋愛感情にもなる友情だったり
家族愛でも恋愛感情でもありと
本来複雑である人間の感情、心情が
とてもリアルに、わかりやすく描かれている。

う〜ん。思わずうなってしまうほどだった。

よく考えたら彼女の作品は小学生時代に
カセットで父に無理やり聞かされた
『父の詫び状』しかしらない。
今度別の作品も読んでみることにしよう…

a_un.jpg
posted by nisse at 23:53| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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